
卵焼き、卵かけご飯、親子丼、茶碗蒸し、ラーメンの煮卵。日本の食卓では、卵はほとんど毎日のように顔を出します。冷蔵庫にはいつも一パックあって、値段は安く、特別な日の食べ物という感じもしない。あまりに当たり前で、自分がよく食べているという自覚さえないかもしれません。
でも、世界を見わたすと、これはかなり珍しいことです。日本人は、世界でも指折りに卵を食べる国民です。国民一人あたりの消費量は、年によって世界の2位から4位あたり。しかも、その「当たり前」を長いあいだ支えてきたのは、卵ならではの安さでした。
なぜ、日本ではこんなに卵を食べるのか。理由は一つではありません。ずっと安いこと、栄養がほとんどそろっていること、そして生でも焼いても和食の何にでも合うこと。いくつもの条件が重なって、卵は食卓の定番になりました。どれくらい食べているのか、なぜそんなに安かったのか、卵の何が使いやすいのか。順にたどります。
どれくらい食べている?──ならして、ほぼ毎日ひとつ
日本人が一年間に食べる卵の数は、国民一人あたりでおよそ320個です。世界各国の統計をまとめる国際鶏卵委員会(IEC)による2023年の数字で、これは世界で4位にあたります。この年は鳥インフルエンザの影響で卵が不足したため順位を下げましたが、前年(2022年)は世界2位(約339個)。年によって多少前後しても、日本はつねに世界のトップクラスにいます。世界一はメキシコで、日本はそれに次ぐ常連です。
320個という数字は、赤ちゃんからお年寄りまで、卵をあまり食べない人も含めた、国民全員をならした平均です。それでもほぼ毎日ひとつという計算になります。ふだんよく食べる人は、もっと口にしているわけです。卵焼き、ゆで卵、卵かけご飯、親子丼、オムライス、プリンやケーキ。意識していないだけで、私たちは相当な数の卵を食べています。

「物価の優等生」──半世紀、値上がりしなかった卵
これだけ食べられる背景には、値段の安さがあります。日本の卵は長いあいだ「物価の優等生」と呼ばれてきました。ほかの食品や物の値段が上がっていくなかで、卵の値段だけは、何十年もほとんど動かなかったからです。
じつは、卵はずっと安かったわけではありません。戦後まもなくの卵は、高級品でした。病気の人の見舞いに卵を持っていく、滋養のあるごちそうとして食べる。そんな時代がありました。1950年代のはじめには、卵ひとつが今の感覚で数百円ほどもした、という記録も残っています。
それが大きく変わったのが、1950年代の後半、昭和30年代です。鶏を効率よく飼うケージ飼いが広まり、アメリカから安いトウモロコシなどの飼料が大量に入ってくるようになりました。たくさんの卵を安く作れる仕組みが整い、卵は一気に、みんなの食べ物になります。
そして、いったん安くなった卵の値段は、そこからほとんど上がりませんでした。Mサイズの卵ひとつが、およそ10〜15円。この水準が、1980年代から2020年ごろまで、30年以上ほとんど変わらなかったのです。農林水産省も、卵を「およそ60年間、価格がほとんど変わらなかった」食品として紹介しています。給料も、ほかの物の値段も上がっていくなかで、これはかなり特別なことでした。

もっとも、その「優等生」ぶりにも、近ごろは変化が出ています。鶏の飼料の多くを海外からの輸入に頼っているため、円安や世界情勢で飼料代が上がると、卵の値段も上がります。鳥インフルエンザで卵が足りなくなることもあります。実際、2025〜2026年には、Mサイズ1パック(10個)の平均が300円を超え、1個あたり約30円と、これまでの倍ほどの高値をつける場面も出てきました。「物価の優等生」という言葉にも、はっきりとゆらぎが出ています。それでも、卵が長く安い食べ物でありつづけたことが、毎日のように卵を食べる習慣を育てたのは確かです。
栄養がほとんどそろう「準完全栄養食」
安さだけではありません。卵は、栄養がほとんどそろった食べ物でもあります。
卵は、そのひとつからヒヨコという命が育つための栄養を、まるごと抱えています。そのため、ビタミンCと食物繊維をのぞけば、体に必要な栄養素をひととおり含んでいます。良質なたんぱく質に、ビタミン、ミネラル。これだけそろった食材はめずらしく、卵は「準完全栄養食」と呼ばれることもあります。足りないビタミンCと食物繊維は、野菜や果物を添えれば補える、という程度の話です。
安くて、しかも栄養がしっかりしている。手のひらにのる小さな卵ひとつに、これだけの中身が詰まっている。よく食べられるだけの理由が、卵の中身の側にもあります。
よく食べる人が気になるのが、コレステロールでしょう。かつては「卵は1日1個まで」とも言われました。けれども、厚生労働省は2015年に食事摂取基準からコレステロールの上限をなくし、健康な人であれば、食べる数をそれほど気にしなくてよいとされています(脂質異常症などがある人は、医師の指導にしたがってください)。
生でも、焼いても、どんな料理にも
最後は、使い勝手の良さです。卵は、日々の料理のありとあらゆる場面に入りこんでいます。
焼けば卵焼きやオムレツ、ゆでればゆで卵、割り落とせば目玉焼き。溶いてご飯や麺にかけ、だしでのばして茶碗蒸しにし、甘くすればプリンになる。主役にも脇役にもなり、和洋中どんな料理にもなじみます。これだけ融通のきく食材は、そう多くありません。
なかでも日本らしいのが、生のまま食べられることです。卵かけご飯、すき焼きの溶き卵、月見の黄身。海外では生卵を避ける国が多いなか、日本では生で食べるのが当たり前になっています。これは卵が特別だからではなく、生で食べられるように、生産から販売までの仕組みが整っているからです(そのしくみは、なぜ日本では卵を生で食べられるのか?でくわしく扱っています)。安くて、栄養があって、生でも焼いても使える。卵が食卓から消えないのは、この三つがそろっているからです。
まとめ
- 日本人の卵消費は世界トップクラス。一人あたり年に約320個で、ならすとほぼ毎日ひとつ。
- 支えたのは「物価の優等生」という安さ。大量生産と安い輸入飼料で、卵ひとつ10円台の値段が数十年ほとんど変わらなかった。
- ビタミンCと食物繊維以外の栄養がそろう「準完全栄養食」で、栄養の面でも申し分ない。
- 焼く・ゆでる・生で食べるまで、和洋中どんな料理にも合う使い勝手。
- 近年は飼料の高騰などで値上がりし、「優等生」の名にはゆらぎも出ている。
次に卵焼きやゆで卵を口にするとき、その手軽な一つが、じつは世界でも指折りに食べられ、長いあいだ食卓を安く支えてきた食べ物だと思い出してみてください。当たり前にそこにある安さは、当たり前ではない歴史の上にできています。
出典情報
- 国際鶏卵委員会(IEC):各国の1人当たり年間鶏卵消費量の統計。2023年は日本が約320個で世界4位(鳥インフルエンザの影響で前年より減少)。その前年は約339個で世界2位。世界1位はメキシコ。
- 農林水産省:フェアプライスプロジェクト「卵について」——卵が「物価の優等生」と呼ばれ、およそ60年間ほとんど価格が変わらなかったこと、飼料の多くを輸入に頼り、近年は飼料費などの上昇で価格が動いていること。
- 卵の小売価格の推移:Mサイズ1個がおよそ10〜15円という水準が1980年代から2020年ごろまで続いたこと、2025〜2026年にはMサイズ1パック(10個)の全国平均がおよそ300円を超え、1個あたり約30円と過去最高水準まで上がったこと(2020年の最安値は1パック約216円):小売物価統計・市場相場による。
本文の戦後まもなく卵が高級品だったこと・1950年代後半(昭和30年代)にケージ飼いの普及と安価な輸入飼料によって大量生産が進み、大衆の食べ物になったことは、食の歴史として広く知られた経緯によります。卵がビタミンCと食物繊維をのぞく栄養素をひととおり含む「準完全栄養食」とされることは、栄養について広く知られた知見です。厚生労働省が2015年(平成27年)の「日本人の食事摂取基準」でコレステロールの目標量(上限)を撤廃し、健康な人については食事からのコレステロールを過度に気にしなくてよいとされたことは、同基準によります(ただし脂質異常症など疾患がある場合は、2020年版で摂取をひかえる目安が示されています)。日本で生卵を安全に食べられる仕組みは、なぜ日本では卵を生で食べられるのか?でくわしく扱っています。