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鳥インフルエンザで、なぜ全羽殺処分するの?

毎冬ニュースになる大量殺処分。その理由とは

金網のバタリーケージにびっしり並ぶ白い採卵鶏の実写写真。前面の飼槽から頭を出して餌を食べ、産まれた卵が前のふちの集卵ベルトに一列に転がり並ぶ。黒い手書きの文字で「なぜ全羽 殺処分するの?」

毎年、寒くなるころになると、ニュースでこんな言葉を耳にします。「◯◯県の養鶏場で鳥インフルエンザが発生、△△万羽を殺処分」。数十万、ときには百万を超える数字が字幕に流れ、映像に映るのは、白い防護服の作業員、消毒ポイント、立入りの止められた鶏舎——ものものしい光景です。

処分されるのは、発病した鶏だけではありません。その農場の鶏を、まだ元気なものもふくめて一羽残らず。そこまでしなくても、と感じた人もいるかもしれません。発病した鶏だけを取り除けばいいのではないか。元気な鶏まで、なぜ。

答えを先に言うと、全羽の処分には、はっきりした理由があります。この病気の「広がる速さ」に対して、農場の外へウイルスを出さないための、今のところ最も確実な手だてとされているからです。高病原性の鳥インフルエンザは、感染した鶏がごく短期間で次々と命を落とすほど、病原性が強いウイルスです。しかも、見た目に元気な鶏が、すでに感染してウイルスをばらまいている場合があります。だから、感染が確認された農場は、一羽ずつ選り分けるのではなく、農場ごと速やかに処分する。これが世界に共通する考え方です。

けっして軽い措置ではありません。それでもこの方法がとられるのは、なぜか。この病気はどう広がるのか、なぜ元気な鶏まで対象になるのか、人のようにワクチンで防げないのか。そして、この重いやり方をめぐって、今どんな議論があるのか。順にたどります。

感染すると、次々に命を落とす

鳥インフルエンザにはいくつかの型があり、なかでも被害が大きいのが「高病原性」と呼ばれるタイプです。高病原性のウイルスに鶏が感染すると、10日ほどのうちに、感染した鶏のおよそ4分の3以上が死んでしまいます。数時間のうちに急変することもあります。

感染した鶏は、ふん、だ液、鼻水などに、大量のウイルスを出します。それが鶏舎の床や水まわりを汚し、同じ鶏舎の鶏へ次々に移っていきます。さらに、ウイルスは人の手や靴、車、野生動物にも付きます。それがとなりの鶏舎や、近くの別の農場へと運ばれていきます。一羽の感染が、あっというまに農場全体、そして地域全体の問題になりかねません。

なぜ、元気な鶏まで処分するのか

ここが、多くの人がひっかかるところでしょう。答えは、見た目が元気なことと、感染していないことは、同じではないからです。

ウイルスに感染しても、症状が出るまでには少し時間がかかります。そのあいだも、鶏はウイルスを出し続けています。つまり、同じ鶏舎の中には、まだ元気そうに見えても、すでに感染してウイルスを出している鶏が、まぎれていてもおかしくありません。一羽ずつ検査して選り分けているあいだにも、ウイルスは休まず広がります。その速さに、選別は追いつけません。

だから、感染が確認された農場では、元気に見えるかどうかにかかわらず、その農場の鶏をすべて、できるだけ早く処分します。感染源をまるごと断って、ウイルスが外へ出ていく前に封じ込める。この考え方を、専門的には「摘発淘汰」(見つけしだい、まとめて殺処分する)と呼びます。日本だけでなく、多くの国が同じ方法をとっています。

日本では、この対応は法律で定められています。鳥インフルエンザは「家畜伝染病予防法」で家畜の法定伝染病に指定されており、発生した農場では殺処分・消毒などの防疫措置をとることになっています。農林水産省が定める「特定家畜伝染病防疫指針」が、その具体的な手順を決めています。

処分された鶏は、ウイルスを外に漏らさないよう、その場で焼却または埋却(土に埋める)し、鶏舎はすみずみまで消毒します。あわせて、発生した農場のまわりにも、二重の輪をかけます。農場を中心に半径3kmの範囲(移動制限区域)では、鶏や卵の出し入れが止められますさらにその外側、半径10kmまでの範囲(搬出制限区域)では、区域の外への持ち出しが制限されます。これらの区域の中にある農場も、感染していないかどうかの検査を受けます。一つの発生を、その場と、周りの二重の輪で封じ込めるしくみです。

鶏舎を中心に半径3kmと10kmの円を手書きで描き、内側は移動制限、外側は搬出制限と示した図

なぜ、ワクチンで防がないのか

人のインフルエンザにワクチンがあるように、鶏にもワクチンを打って防げばいい。そう思うのが自然です。ところが、日本をふくむ多くの国は、ふだんから鶏にワクチンを打つこと(予防的な接種)を、あえてしていません。理由は、少し意外なところにあります。

鶏用のワクチンは、感染や、体の外へのウイルス排出までは止めきれず、「発症(症状)を抑える」はたらきが中心です。すると、こういうことが起きます。ワクチンを打った鶏は、感染しても症状が出にくい。元気そうに見えるのに、体の中ではウイルスを持ち、外に出し続けている。つまり感染が表に出ず、見逃されてしまうのです。実際、ワクチンを打った鶏の多くからもウイルスが見つかった、という実験結果があります。

鳥インフルエンザを封じ込める最大のカギは、「早く見つけて、早く断つ」ことです。ワクチンで感染が見えにくくなれば、この早期発見がにぶり、気づかないうちに広がってしまいます。予防のためのワクチンが、かえってまん延を助けてしまいかねない。これが、ふだんは打たない最大の理由です。

もう一つ、「清浄国」という立場の問題もあります。日本は、鳥インフルエンザがいない状態(清浄)を保つことで、鶏肉や卵をやりとりする国際的な信用を守っています。ワクチンを常に打っていると、「本当に感染がないのか、ワクチンで隠れているだけなのか」の区別がつきにくくなり、この清浄という立場の証明がむずかしくなります。監視と処分を伴わないままワクチンを使い続けると、ウイルスがその土地に居ついてしまう(常在化)おそれもあります。

そのため日本では、予防的な接種は行わず、殺処分と移動制限だけでは抑えきれない、非常のときに限って、緊急のワクチン使用を検討するという構えをとってきました。これまでのところ、実際に使われた例はありません。もっとも、近年は発生があまりに続くため、予防的な接種を認めるべきかどうか、国でも検討が始まっています。今の「打たない」は、動かない結論ではなく、見直しの俎上にある方針でもあります。

食卓の卵や鶏肉は、大丈夫なのか

大量の殺処分と聞くと、店に並ぶ卵や鶏肉は平気なのか、と心配になるかもしれません。ここは、はっきりしています。

感染が確認された農場の鶏や卵は、処分され、市場に出る前に止められます。移動の制限もかかります。そのため、感染した鶏の肉や卵がお店に出回る可能性は低いとされています。実際、日本で、鶏肉や卵を食べて人が鳥インフルエンザに感染したという報告は、これまでありません

スーパーに並ぶ卵パックと鶏肉の実写写真。手書きの文字で「感染した鶏や卵は市場に出る前に止まる」「食べてうつった報告なし」と示す

素早い処分には、人を守る意味もあります。鳥インフルエンザのウイルスは、まれに人に感染することがあり、鳥のあいだで広がるほど、ウイルスが変化する機会も増えます。感染した鶏を早く減らすことは、将来、人のあいだで広がる新しいインフルエンザが生まれる芽を、早いうちに摘むことにもつながります。

いっぽうで、痛みもあります。一度に大量の鶏がいなくなれば、卵の供給は一時的に減り、鳥インフルエンザが広がった年には、卵が品薄になったり値上がりしたりします(日本人がどれだけ卵を食べているかは日本人は、なぜこんなに卵を食べるのか?でも触れています)。何より、健康な鶏まで処分する作業は、育ててきた農家にとっても、たずさわる人にとっても、大きな負担です。

どんな農場で、起きているのか

日本での発生記録を見ると、その多くは鶏が密に集まる大規模な採卵鶏(卵をとる鶏)の農場です。国の疫学解析では、2022〜2023年に発生した採卵鶏農場の多くはケージ飼いで、その鶏舎の過半は、窓のない「ウィンドウレス鶏舎」でした。さらに、飼う羽数が多い農場ほど、また近くに水辺(カモなどの水鳥が集まる)がある農場ほど、発生しやすいという傾向も示されています。ただし、大きな農場でなぜ発生しやすいのか、その理由まではまだよく分かっていません。

ただし、窓をなくして閉めきった鶏舎でも、発生はなくなりません。密閉すれば防げる、というわけではないのです。ネズミや小さな野鳥、出入りする人や車、換気の空気やほこりなど、ウイルスの入り口はいくつも考えられるからです。

つまり、飼い方や設備を問わず、どんな農場にも起こりうる。ウイルスは、もとをたどれば海をわたってくる渡り鳥(水鳥)が運んできます。だからこそ全国の養鶏場は、防鳥ネットを張り、出入りのたびに消毒し、野生動物を近づけないよう気を配って、「ウイルスを外から入れない」ことに力を注いでいます。発生は、その農場の努力が足りなかったしるしとは限りません。

まとめ

  • 高病原性の鳥インフルエンザは感染した鶏の多くが10日ほどで死ぬほど病原性が強く、ふんやだ液から爆発的に広がる
  • 見た目が元気でも感染していることがあるため、感染が確認された農場は、一羽ずつ選ばず農場ごと速やかに処分する(摘発淘汰)。日本では家畜伝染病予防法で定められている。
  • 発生農場から半径3kmは移動制限、その外側〜10kmは搬出制限。処分した鶏は焼却・埋却し、鶏舎を消毒する。
  • ワクチンは感染を隠して見逃しを生むため、ふだんは打たない。ただし、予防接種を認めるかは国でも検討が始まっている。
  • 感染した鶏や卵は市場に出る前に止められ、食べて人がうつった報告はない。それでも、大量処分は供給にも、育てた人にも、重い負担を残す。

次に、鳥インフルエンザで何万羽が処分された、というニュースを目にしたとき。その大きな数字の裏には、病気を農場の外へ出さず、ほかの鶏と、私たちの食卓と健康を守るための、重い判断があることを思い出してみてください。


出典情報

  • 農林水産省:「鳥インフルエンザに関する情報」/「高病原性鳥インフルエンザ及び低病原性鳥インフルエンザに関する特定家畜伝染病防疫指針」/防疫作業マニュアル。本文の全羽殺処分(摘発淘汰)が家畜伝染病予防法・防疫指針にもとづくこと移動制限区域(半径3km)・搬出制限区域(その外側〜半径10km)、焼却・埋却・消毒による。2022〜2023年シーズンに国内で約1,771万羽が殺処分対象となり(26道県84事例)、過去最大規模となったこと。予防的なワクチン接種を認めるかどうかの検討が国で始まっていること(2025年・鳥インフルエンザ防疫対策本部)。
  • 農林水産省・農研機構:「高病原性鳥インフルエンザ発生状況の解析について」(2023年)。本文の「どんな農場で起きているのか」——2022〜2023年の発生(84例)は採卵鶏農場が中心でその多くがケージ飼い・過半がウィンドウレス鶏舎だったこと、採卵鶏農場の発生割合(約2.6%)が肉用鶏農場(約0.3%)より有意に高かったこと、飼養規模が大きい農場・近く(約600m以内)に水域がある農場ほど発生と関連したこと(その理由の解明は今後の課題とされていること)、による。
  • 農研機構(動物衛生研究部門):「鳥インフルエンザのワクチンによる防疫と清浄化」。本文のワクチンを予防的に使わない理由——ワクチンは感染・排出を止めきれず不顕性感染(見逃し)を招くこと、清浄国としての証明が困難になること、常在化のリスク、摘発淘汰による早期の清浄化が最良とされること、による。
  • 食品安全委員会・農林水産省:鶏肉や卵を食べて人に感染した報告はないこと、感染した鶏・卵が市場に出回る可能性は低いことによる。
  • 環境省:高病原性鳥インフルエンザのウイルスを主に渡り鳥(水鳥)が運ぶこと(本文コラム)による。

高病原性のウイルスに感染した鶏が短期間(10日ほど)で高い割合で死ぬこと、感染した鶏がふん・だ液などにウイルスを排出し、人・物・車などを介して周辺へ広がることは、農林水産省・農研機構などの公的情報による、広く知られた知見です。鳥インフルエンザで卵が品薄・値上がりすることの背景は、日本人は、なぜこんなに卵を食べるのか?でも触れています。

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