鶏論KEIRON

ニワトリはなぜ、ことわざの常連なの?

「鶏が先か卵が先か」から古い故事まで。身近な鳥が、なぜ言葉に居座るのか

朝、くちばしを大きく開けて鳴くニワトリ(オス)の実写写真。手書きの文字で「ことわざの鶏、その由来は?」

「ニワトリが先か、卵が先か」。答えの出ない問いのたとえとして、だれもが一度は口にしたことのある言い回しです。数えてみると、ニワトリの入ったことわざや慣用句は、ほかにもいくつもあります。「とさかにくる」「鳥頭(とりあたま)」、少しかたい言葉なら「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」。

サルやイヌ、ウマやトラにくらべると、ニワトリはことわざの主役という感じがしないかもしれません。ところが並べてみると、その顔ぶれはなかなかのものです。しかも由来をたどると、日常の口ぐせから2000年以上前の中国の古典まで、思いがけない広がりがあります。

身近なニワトリが、なぜこれほど言葉に居座っているのか。よく使うものから、由来のおもしろいものまで、順にたどります。

だれもが使う、ニワトリの言葉

いちばんよく使うのは、やはり「ニワトリが先か、卵が先か」でしょう。原因と結果がぐるぐると回って、どちらが先とも決められない。そんな堂々めぐりを指す言い回しです。意外なことに、これは中国生まれではありません。古代ギリシャの哲学者たちがすでに議論していた問いで、プルタルコス(1〜2世紀)も、宴会での話題を集めた本のなかで取り上げています。2000年ちかく前から論じられてきた問いです。

ニワトリと卵が並んだ実写写真。手書きの文字で「どっちが先?」と、両者をつなぐ循環する矢印が書かれている。

物忘れの激しい人を、からかって「鳥頭(とりあたま)」と言います。もとになったのは「鶏は三歩歩けば忘れる」という言い回しだとされます。イヌは芸を覚えるのに、ニワトリは覚えず、同じ場所を行ったり来たりするだけ。そんな姿から、忘れっぽい鳥という印象がついたようです。ただし、これは見た目の印象にすぎません。実際のニワトリは数を数え、仲間の顔を見分け、覚えたこともよく記憶します。「鳥頭」は、ニワトリにとってはいわれのない汚名です(くわしくはニワトリは本当に賢いの?)。

かっとなって腹を立てることを「とさかにくる」と言います。「頭に来る」をさらに強めた言い方です。怒って頭に血がのぼる様子を、ニワトリのあの赤いとさかに重ねたもの、と考えられています(語源には諸説あり、はっきりとは分かっていません)。

カタカナの「チキン」も、じつはニワトリです。臆病者を「チキン」、度胸だめしを「チキンレース」と呼びます。ニワトリが物音におどろいてぱっと逃げる姿から、英語で臆病さと結びついた言葉で、17世紀初めのシェイクスピアの戯曲にも、逃げる者を鶏にたとえた表現が出てきます。

なぜ、ニワトリは言葉の常連なのか

こうして並べると、ニワトリの言葉が多い理由も見えてきます。

ニワトリは、人がもっとも古くから、もっとも身近に飼ってきた鳥です。世界のどこでも見かけ、朝には時を告げ、ときに闘鶏として戦わせられました。暮らしのそばにいる生き物ほど、言葉のたとえに使われます。

なかでもおもしろいのは、ニワトリがしばしば「小さくありふれたもの」の代表として登場することです。大きな牛や、気高い鶴と対にされると、ニワトリはきまって、ささやかなほうの役をふられます。次に見る中国生まれの故事は、まさにそれです。

小さくても、群れの頭でいるほうがいい

鶏口となるも牛後となるなかれ」。大きな組織の末端にいるより、小さくてもその頭でいるほうがよい、という教えです。「鶏口」はニワトリのくちばし、つまり小さな群れの頭。「牛後」は牛の尻を指します。

この言葉が生まれたのは、紀元前4世紀ごろ、中国の戦国時代です。当時、強大な秦(しん)に対抗するため、蘇秦(そしん)という遊説家が、小国どうしの同盟を説いて各国を回っていました。そのひとつ、韓(かん)の王を説いたときのこと。「大国秦の言いなりになって尻につくより、小さくとも一国の主であれ」。この殺し文句が、まさにそれでした。歴史書『戦国策』や『史記』に記されています。

ありふれた群れの、すぐれた一羽

牛ではなく、鶴と対にされた言葉もあります。「鶏群(けいぐん)の一鶴(いっかく)」。平凡な多くの人のなかに、ひときわすぐれた一人がまじっていることのたとえです。

これも中国の古い話が出どころです。晋(しん)の時代、嵇紹(けいしょう)が大勢のなかに立つ姿を見た人が、「まるでニワトリの群れに舞い降りた、一羽の鶴のようだ」と評しました。じつは嵇紹は、名の知れた文人・嵇康(けいこう)の子です。この評判を聞いた王戎(おうじゅう)は、「君はまだ、彼の父を見たことがないのだろう」と返したと伝わります。息子でこれなら、父はなおさら、というわけです(『晋書』)。

ここでもニワトリは、ありふれた多数のほうです。日本語の「掃き溜めに鶴」とよく似た言い回しで、鶴を引き立てるのが、あちらではゴミ捨て場、こちらでは鶏の群れ、という違いです。

鳴きまねが、関所の門を開けた

ニワトリの故事のなかでも、よく知られるのが「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」です。「鶏の鳴きまね」と「狗(いぬ)のようなこそ泥」。どちらも、たいした取り柄ではありません。ところが、この二つがある貴人の命を救いました。

戦国時代、斉(せい)の名君・孟嘗君(もうしょうくん)は、大勢の食客(居候の家来)をかかえていました。芸のない半端者まで分けへだてなく養っていたので、まわりは首をかしげます。

その孟嘗君が、隣国・秦にまねかれた末、あやうく殺されかけました。この窮地を切り抜けるには、まず王のお気に入りの女性にとりなしを頼むしかない。ところが礼として求められたのは、すでに王へ献上してしまった白狐の毛皮でした。困り果てたとき、こそ泥の得意な食客が夜の蔵に忍びこみ、毛皮を盗み出します。おかげで孟嘗君は解放されました。

一行が国境の関所、函谷関(かんこくかん)までたどり着くと、門はかたく閉ざされていました。この関の門は、朝いちばんのニワトリが鳴くまで開かない決まりです。夜明けを待っていては、追っ手に捕まる。そのとき、鳴きまねの得意な食客が「コケコッコー」とひと声あげました。つられて近くのニワトリがいっせいに鳴きだし、番人は朝が来たと思って門を開けます。孟嘗君は、間一髪で逃げきりました。

夜明けの光のなかで、くちばしを開けて鳴くオスのニワトリの実写写真。手書きの文字で「その一声が、関所の門を開けた」。

くだらないと思われた技が、いざというとき人を救う。「役に立たない者などいない」というこの話は、『史記』に伝えられ、2000年をこえて語りつがれてきました。

ニワトリのことわざ・慣用句 早見表

ここまでの言葉に、よく使われるものをいくつか加えて、まとめておきます。

  • ニワトリが先か、卵が先か:原因と結果がめぐって、どちらが先とも決められないこと。古代ギリシャ以来の問い。
  • 鳥頭(鶏は三歩歩けば忘れる):物忘れの激しさのたとえ。見た目の印象からで、実際の記憶力は高い。
  • とさかにくる:かっとなって腹を立てること。「頭に来る」を強めた言い方(語源は諸説)。
  • チキン:臆病者。おどろくとすぐ逃げるニワトリから(英語由来)。
  • 鶏口牛後(けいこうぎゅうご):大組織の末端より、小さくても頭でいるほうがよい。『戦国策』『史記』。
  • 鶏群の一鶴(けいぐんのいっかく):平凡な多数のなかの、傑出した一人。『晋書』。
  • 鶏鳴狗盗(けいめいくとう):つまらなく見える技も、時に役立つこと。『史記』、孟嘗君の函谷関の脱出から。
  • 割鶏牛刀(かっけいぎゅうとう):小さな事に、大げさな手段はいらないこと。『論語』で孔子が「鶏をさばくのに、なぜ牛用の包丁がいるものか」と言った言葉から。
  • 鶏肋(けいろく):捨てるには惜しいが、役に立つほどでもないもの。食べる肉は少ないが捨てるのは惜しい、鶏のあばら骨から。三国志の曹操の言葉。

まとめ

  • ニワトリの入ったことわざ・慣用句は多い。「ニワトリが先か卵が先か」のような日常語から、四字熟語まで幅広い。
  • 由来は世界に散らばる。「鶏が先か卵が先か」は古代ギリシャ、「鶏口牛後」「鶏鳴狗盗」は古代中国の故事から。
  • ニワトリはよく「小さくありふれたもの」の代表になり、大きな牛(鶏口牛後)や気高い鶴(鶏群の一鶴)と対にされた。
  • いちばん身近な家畜で、朝を告げ、闘鶏にもなった。暮らしに近い鳥だからこそ、これだけ言葉に残った。

次に「ニワトリが先か、卵が先か」と口にするとき、そのありふれた一言の後ろに、2000年をこえて使われてきた言葉たちが連なっていると思い出してみてください。身近な鳥は、私たちの言葉のなかにも、しっかり住みついています。


出典情報

  • 「鶏が先か、卵が先か」=古代ギリシャ以来の問い:因果の堂々めぐりを指す言い回し。プルタルコス(1〜2世紀)が『モラリア』所収「食卓歓談」で論じ、ラテン語ではマクロビウス(400年ごろ)『サートゥルナリア』にも見える、古くからの問答(一般に知られた由来)。
  • 「鳥頭/鶏は三歩歩けば忘れる」=物忘れのたとえ:古典に典拠のある成語ではなく、見た目の印象からできた俗な言い回し。実際のニワトリの記憶力・知能は高いことが研究でわかっている。くわしくはニワトリは本当に賢いの?
  • 「とさかにくる」=「頭に来る」を強めた言い方:怒って頭に血がのぼる様子を、赤いとさかに重ねたものとされる(語源は諸説あり、確定していない。日本語の俗語辞典ほか)。
  • 「チキン=臆病者」=英語由来:おどろくとすぐ逃げるニワトリの姿から、鶏を臆病さに結びつける言い方。シェイクスピアの戯曲『シンベリン』(1610年ごろ)にも、逃げる者を鶏にたとえた表現がある。名詞「チキン=臆病者」として英語に定着したのは17世紀以降とされる(オックスフォード英語辞典ほか)。
  • 鶏口牛後(鶏口となるも牛後となるなかれ):紀元前4世紀ごろ、中国戦国時代の遊説家・蘇秦が韓の宣恵王を説いた言葉。『戦国策』韓策、および『史記』蘇秦列伝による。
  • 鶏群の一鶴:晋の嵇紹(けいしょう、竹林の七賢・嵇康の子)を、ある人が「野鶴の鶏群に在るが如し」と評した言葉から。これを聞いた王戎は「君はまだ彼の父を見ていないのだ」と答えたと伝わる。『晋書』嵇紹伝ほかによる。
  • 鶏鳴狗盗:斉の孟嘗君が秦の昭襄王のもとから脱出したとき、こそ泥とニワトリの鳴きまねの得意な食客に助けられた故事から。『史記』孟嘗君列伝による。
  • 割鶏牛刀(鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん):小事に大げさな手段はいらないことのたとえ。『論語』陽貨篇で、孔子が弟子・子游の治める村を訪れた際に発した言葉から(「鶏をさばくのに牛用の刃物はいらない」という反語)。
  • 鶏肋:捨てるには惜しいが役に立つほどでもないもののたとえ。三国時代、曹操が漢中からの撤退をほのめかしたとされる言葉から。『後漢書』楊修伝、『三国志』魏書の注による。

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