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ニワトリの品種は、なぜこんなに多いの?

白や茶だけじゃない。何百もの品種に分かれた理由とは

大きさも形もちがう数種類のニワトリ(背の高い軍鶏、小さなチャボ、羽のふさふさしたコーチンなど)が並ぶ実写写真。上に手書きの文字で「なぜ品種が多い?」

スーパーの卵売り場で見分けるのは、せいぜい白い卵と茶色い卵くらい。鶏肉のパックに品種名が書いてあることも、めったにありません。名前を知っているのは、名古屋コーチンや比内地鶏が思い浮かぶ程度でしょうか。

でも実際には、ニワトリの品種は数え切れないほどあります。地域ごとの在来種まで数えると、世界で1,600をこえるとされます。犬に負けないくらい、いえ、数え方によっては犬より多いほどです。

もとをたどれば、ニワトリの祖先は一種類の野鳥でした。たった一種から、なぜこれほど多くの品種が生まれたのか。そこには、「最初は食べるためですらなかった」という、意外な家畜化の歴史があります。

もとは、一種類の野鳥だった

東南アジアの森にすむ野生のセキショクヤケイのオスの実写写真。首や背が赤金色、尾は緑がかった黒で、赤いとさかがある。手書きの文字で「すべてのニワトリの祖先。この1種の野鳥から始まった」

いま世界にいるニワトリは、その大半がセキショクヤケイという一種の野鳥から広がったと考えられています。東南アジアの森にすむキジの仲間です。オスは首や背が赤金色、尾は緑がかった黒で、赤いとさかもあります。細身ですが、姿はいまのニワトリによく似ています。

つまり、真っ白なレグホンも、羽のふさふさしたコーチンも、背の高い軍鶏(シャモ)も、もとをたどれば同じ一種。犬がすべてオオカミから分かれたのと同じように、ニワトリの品種はみな、この一種の野鳥から人の手で枝分かれしました。

一種からこれだけ姿が変わるのは、それだけ長いあいだ、人がさまざまな目的で選び分けてきたからです。では、人はいったい何のために、ニワトリを選び分けたのでしょうか。

最初は、食べるためではなかった

意外なことに、ニワトリを飼いはじめたそもそもの目的は、食べることではありませんでした

近年の国際研究(2022年)は、ニワトリの家畜化を約3,500年前、東南アジアの稲作地帯にさかのぼるとみています。もっとも古い骨は、タイの稲作遺跡から見つかりました。森の鳥だったセキショクヤケイが、人の育てた米や雑穀につられて田畑に近づき、しだいに人のそばで暮らすようになった——それが始まりだと考えられています。

そこから西へ運ばれたニワトリは、食用ではなくめずらしい鳥として扱われました。地中海ぞいのヨーロッパに届いたのは約2,800年前。当初は神への供え物や、身分の高い人が飼う珍鳥、そして闘鶏の相手として大切にされ、食べられるようになったのは、さらに何百年もあとのことです。

飼いはじめの目的が「食べる」ではなく「戦わせる・見せる・時を告げる」だったこと。これが、品種がここまで増えた出発点になります。食べるためだけなら、大きく育つ鶏や、よく卵を産む鶏がいれば足ります。けれど人は、強さ・美しさ・鳴き声まで求めて選び分けたのです。

品種の数は、人の「目的」の数

ニワトリの品種がこれほど多いのは、人がそれだけたくさんの目的で選んできたからです。目的ごとに、まったくちがう鶏がつくられました。日本の在来種にも、その多彩さがそのまま残っています。

  • 戦うための鶏 軍鶏(シャモ)。タイ(シャム)から伝わった闘鶏用で、名前もそこに由来します。背が高く筋肉質で、気が強い。
  • 鳴き声を長く楽しむ鶏 東天紅(とうてんこう)など。「コケコッコー」を数秒から十数秒も長く引く「長鳴き」を、人が選んで伸ばしました。
  • 姿を愛でる鶏 オナガドリ(尾が生え替わらず伸び続ける)、チャボ(小さくて脚の短い愛玩用)。実用よりも、見た目のおもしろさで選ばれた鶏です。
  • 卵や肉のための鶏 たくさん卵を産むレグホン、早く大きく育つ肉用種。食用として選ばれたのは、むしろ歴史の後半です。

日本で「明治時代までに定着した在来種」だけでも38品種が数えられます。戦う鶏、鳴く鶏、見せる鶏、産む鶏——同じニワトリでも、人の目的の数だけ、姿かたちが分かれていきました。

「見せる」ための熱狂が、品種を一気に増やした

羽が脚までふさふさと生えた、大きくて丸いコーチン種のニワトリの実写写真。手書きの文字で「19世紀、女王も夢中になった観賞鶏ブーム」

品種の数がとくに増えたのは、19世紀のなかごろです。きっかけは、中国から西洋にわたったコーチンという、羽が脚までふさふさした大きな鶏でした。

このコーチンが、イギリスのヴィクトリア女王に贈られて評判になると、めずらしい鶏を飼って見せ合う流行が、イギリスやアメリカで爆発的に広がりました。当時「ヘン・フィーバー(鶏熱)」と呼ばれたほどの熱狂ぶりです。

人びとは競うように鶏を交配し、羽の色や形、大きさを競う品評会が各地で開かれました。「理想の姿」を文章で細かく決めた品種の基準書も、この時期につくられます(イギリス1865年、アメリカ1874年)。観賞用として姿を競うという新しい目的が、品種の数を一気に押し上げたのです。

いま世界にいる品種の多くは、この時代に固定された「見せるための鶏」の子孫でもあります。

なぜ、こんなに品種が増えやすいのか

そもそもニワトリは、品種を増やしやすい家畜です。理由は、その育ちの速さにあります。

ニワトリは体が小さく、飼うのに広い土地も大量の餌もいりません。しかも、生まれてから半年ほどで卵を産みはじめ、次の世代がすぐに手に入ります。牛や馬なら何年もかかる「気に入った特徴の個体を選んで、かけ合わせる」という作業を、ニワトリなら短いあいだに何度も繰り返せます

世代交代が速いほど、人の望む特徴は早く濃くなります。強さを選べば数世代で軍鶏らしくなり、大きさを選べばみるみる大きくなる。飼いやすさ・育ちの速さと、目的の多さ。この二つがかけ合わさって、一種の野鳥は1,600をこえる品種へと枝分かれしました。

品種の、見取り図

ここまでを、目的ごとにまとめます。ニワトリの品種は、おおよそ次のように分けられます。

  • 戦うための鶏:闘鶏用に、強さと気の荒さで選ばれた(軍鶏など)
  • 見せるための鶏:姿・羽・鳴き声のおもしろさで選ばれた(オナガドリ、チャボ、コーチン、長鳴き鶏など)
  • 卵のための鶏:たくさん産むことで選ばれた(レグホンなど)
  • 肉のための鶏:早く大きく育つことで選ばれた(肉用種)

見た目はまるで別の鳥のようでも、もとは同じ一種。人がどんな目的で選んだかが、その姿に刻まれています。

まとめ

  • ニワトリの品種は、地域の在来種まで数えると世界で1,600以上。もとは一種類の野鳥(セキショクヤケイ)から広がった。
  • 飼いはじめの目的は食べることではなかった。闘鶏・儀礼・珍鳥として大切にされ、食用になったのはずっとあと。
  • 品種の数は、人の目的の数。戦う・見せる・鳴かせる・産ませる・太らせる——目的ごとに、まったくちがう鶏がつくられた。
  • 育ちが速く飼いやすいから、人の望む特徴を短いあいだに濃くできた。19世紀の観賞ブームが、品種の数を一気に押し上げた。

次にスーパーで「名古屋コーチン」や「比内地鶏」の名前を見かけたら、それは1,600をこえる枝分かれの、ほんの一枝です。その一羽一羽に、人が何を求めて選んできたかの歴史が、姿として残っています。


出典情報

  • 世界のニワトリの品種は1,600以上:国連食糧農業機関(FAO)「Poultry species: Chicken」。
  • ニワトリの主な祖先はセキショクヤケイ(東南アジアの野鳥):家禽の起源に関する広く知られた知見。
  • 家畜化は約3,500年前・東南アジアの稲作地帯にさかのぼる/最古の骨はタイの稲作遺跡(Ban Non Wat)/西方へは食用でなく珍鳥・儀礼・闘鶏の鳥として運ばれ、地中海ヨーロッパ到達は約2,800年前・食用化はさらに後:Peters, Sykes ほかによる2022年の国際共同研究(英エクセター大・独ミュンヘン大ほか。学術誌 AntiquityPNAS)。研究の概要(ScienceDaily)
  • 飼いはじめの目的が食用でなく、闘鶏・儀礼・珍鳥だったこと:初期のニワトリ利用が象徴的・社会的な役割(闘鶏や供え物)に偏っていたことを示す考古学の知見(Perry-Gal ほか 2015、PNAS 112(32) ほか)。
  • 19世紀の「ヘン・フィーバー(鶏熱)」=コーチンがヴィクトリア女王に贈られて観賞鶏の流行が広がり、品種の基準書(英1865年/米1874年)が整えられた:欧米の家禽史に関する一般的な知見。
  • 日本で明治時代までに定着した在来種は38品種/軍鶏はタイ(シャム)由来の闘鶏用/オナガドリ・チャボ・東天紅などの用途:農林水産省「地鶏肉の日本農林規格」ほか、日本鶏に関する一般情報(家畜改良センター等)。

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