鶏論KEIRON

ニワトリは、本当に飛べないの?

羽はあるのに、あの体はどこまで飛べるのか

柵を蹴って羽を大きく広げ、宙に舞い上がろうとするニワトリの実写写真。手書きの文字で「本当に飛べない?」

庭先のニワトリは、地面をつついてばかりで、ほとんど飛びません。りっぱな羽があるのに、空へ舞い上がる姿はまず見かけない。だから多くの人が、ニワトリを飛べない鳥だと思っています。

でも、ニワトリはまったく飛べないわけではありません。数秒、数十メートルなら飛べます。低い塀を越え、木の枝に上り、驚けばバサバサと羽ばたいて逃げる。祖先にいたっては、毎晩、木の上へ飛び上がって眠っていました。

では、なぜ長くは飛べないのか。カギは二つ、「体の重さと翼の大きさ」、そして「胸の筋肉の種類」にあります。カナダのチームがニワトリの飛翔筋を調べた研究などをたどると、ニワトリが地面で暮らす鳥になった理由が見えてきます。

ニワトリは「少しだけ」なら飛べる

まず、思い込みをひとつ外すところから。ニワトリは、飛べない鳥ではありません。短い距離なら、ちゃんと飛べます。庭で飼えば低い柵はやすやすと越えますし、驚いたときには羽ばたいて数メートル先まで移動します。

野生の祖先セキショクヤケイを見ると、それがよく分かります。セキショクヤケイは一日の大半を地上で過ごしますが、夜になると高さ4〜12メートルほどの木の枝まで飛び上がって眠ります。地上の外敵から身を守るためです。飛ぶ力は、主にこの「ねぐらへ上がる」ためと、「危険から一気に逃げる」ために使われます。

ただし、長くは続きません。ふつうは数秒、ほんの数メートルの短い飛翔です。記録に残るいちばん長い一飛びでも、体の軽いバンタム(小型種)でおよそ190メートル(1985年、アメリカでの記録)。ニワトリの飛行は、渡り鳥のように空を旅するものではなく、短く、力いっぱいの“ひとっ飛び”です。

夕暮れ、木の枝に向かって羽を広げて飛び上がるセキショクヤケイの実写写真。手書きの文字で「飛べる。ただし数秒」

長く飛べないわけ①:体が重く、翼が小さい

なぜ、ひとっ飛びしか続かないのか。ひとつめの理由は、体の重さに対して、翼が小さいことです。

体を空中に浮かせ続けるには、体重を支えるだけの翼の面積がいります。体の重さを翼の面積で割った値(翼面荷重)が小さいほど、軽い力でゆうゆうと飛べます。ツバメや渡り鳥は、この値が小さい。ところがニワトリは、ずんぐりした体に小さな翼で、翼面荷重がとても大きい。小さな翼で重い体を持ち上げるぶん、羽ばたきに大きな力がいります。

カナダのチームがニワトリの飛翔筋を調べた研究は、これをはっきり示しました。羽が完全にそろったニワトリでも、飛ぶときには胸の筋肉を“最大出力”で使い切っている——つまり、それ以上ふんばる余力がありません。ふつうに飛べる鳥は出力に余裕があり、飛ぶ長さや高さを加減できます。ニワトリは、飛び立つだけで力を出し切ってしまう。だから、加減して飛び続けることができません。

ずんぐりしたニワトリの体と小さな翼を示した実写写真。手書きの文字で「重い体 ÷ 小さい翼 = 飛ぶのに大きな力」

長く飛べないわけ②:胸の筋肉が「瞬発型」だから

もうひとつ、もっと決定的な理由が、胸の筋肉の“種類”にあります。ここが、ニワトリが長く飛べない最大の理由です。

羽ばたきを動かすのは、胸の大きな筋肉——ふだん私たちが「胸肉(むね肉)」として食べている部分です。この胸肉が白いことには、意味があります。ニワトリの胸の筋肉は、そのほとんどが「白い筋肉(速筋)」でできています。白い筋肉は、酸素をあまり使わず、筋肉にためた糖を一気に燃やして、大きな力を瞬間的に出すタイプです。力は強いのですが、糖はすぐ底をつき、燃えかすとして乳酸がたまって、数秒で息切れします。だからニワトリは、爆発的に飛び立てても、すぐ疲れて舞い降りるしかありません。

見比べると分かりやすいのが、カモやガンです。長い距離を渡るこれらの鳥の胸肉は、赤い。赤いのは、酸素をたくわえる色素(ミオグロビン)と、酸素を使って糖を燃やす仕組みが豊富だからです。この「赤い筋肉(遅筋)」は、力はほどほどでも、長く動き続けられます。だから渡りができます。同じ鳥の胸肉でも、白は短距離ダッシュ用、赤は長距離マラソン用。ニワトリの白い胸肉は、「一気に飛び立って逃げる」ための、短距離ダッシュ専用のエンジンです。

左に白いニワトリの胸肉、右に赤い胸肉(カモなど渡り鳥)を並べた実写写真。手書きの文字で、白い胸肉に「数秒でダッシュ」、赤い胸肉に「長く飛べる」

祖先はもっと身軽だった──家禽化で拍車がかかった

ここまでは、いまのニワトリの体の話でした。では、なぜニワトリはこういう体になったのか。

野生のセキショクヤケイは、地上で暮らしながらも、木のねぐらへ上がれるだけの身軽さを保っていました。それが大きく変わったのは、人がニワトリを家畜として飼いならしてから(家禽化)です。人は長い年月をかけて、肉と卵をたくさん取るために、体を——とくに胸を——大きくする方向に選び育ててきました。私たちが好んで食べる大きな胸肉は、その結果です。

ところが、胸を大きく重くすればするほど、翼面荷重はさらに増し、飛ぶ力はいっそう落ちます。とりわけ肉用に育てられた品種は、体が重すぎて、ほとんど飛べません。ニワトリが地面の鳥になったのは、もともと地上性だった祖先の性質に、人の手による「体を大きくする」改良が拍車をかけた結果です。

まとめ

  • ニワトリは飛べない鳥ではなく、数秒・数十メートルなら飛べる。塀を越え、木に上り、驚けば羽ばたいて逃げる。
  • 長く飛べない理由は二つ。ひとつは体が重く翼が小さいこと。羽がそろったニワトリでも、飛ぶときは胸の筋肉を最大出力で使い切っている。
  • もうひとつは、胸肉が「白い筋肉」=瞬発型で、数秒で息切れすること。長距離を渡るカモの赤い胸肉とは、役割がまるで違う。
  • 祖先セキショクヤケイはもっと身軽だったが、肉と卵のための家禽化が、飛べなさに拍車をかけた。

次にニワトリを見かけたら、あの小さな羽で一度、力いっぱい飛んでみせるところを想像してみてください。飛ばないのではなく、短く、全力で飛ぶようにできた鳥。地面をついばむ姿の裏に、そんな体の事情が隠れています。


出典情報

主要原著(本記事の中心)

  • 原著タイトル:Reduction of wing area affects estimated stress in the primary flight muscles of chickens
  • 著者:Hong GAT, Tobalske BW, van Staaveren N, Leishman EM, Widowski TM, Powers DR, Harlander-Matauschek A
  • 掲載誌:Royal Society Open Science 10(11), 230817/発表:2023年
  • DOI10.1098/rsos.230817原文PMCの無料公開版で全文を読む(英語)
  • ライセンス:CC BY 4.0(著者表示のもとで要約・翻訳の再利用が認められています)

本記事のうちニワトリは翼面荷重が大きいこと、羽がそろった個体でも飛ぶときに胸の筋肉を最大出力で使い切っており飛行を加減できないことは、この原著によります。なお、この研究はもともと風切羽を切ったときに飛翔筋にかかる力がどう変わるかを調べたもので、進化や家禽化の歴史そのものを扱ったものではありません。それらは下記の各資料に基づきます。

補足資料(各テーマの出典)

  • セキショクヤケイは地上性だが夜は高さ4〜12mの木の枝に飛び上がってねぐらを取る/飛翔は主にねぐらへの上昇と外敵からの逃走に使う:セキショクヤケイの生態に関する知見(Wikipedia – Red junglefowl ほか)
  • ガリフォルム類(キジ・ウズラ・ニワトリなど)の胸筋は主に速筋(type IIb)/速筋は酸素を使わず糖を一気に燃やして瞬発力を出すが早く疲労し白い、遅筋は酸素とミオグロビンで持久力を出し赤い:Tobalske BW, Dial KP ほか「Ontogeny of flight capacity and pectoralis function in a precocial ground bird(Alectoris chukar)」(Integrative and Comparative Biology, 2017, 10.1093/icb/icx050)/鳥類の飛翔筋の総説「Evolution of avian flight: muscles and constraints on performance」(Phil. Trans. R. Soc. B, 2016, 10.1098/rstb.2015.0383
  • ニワトリの最長飛行記録(約192m=630フィート2インチ、体の軽いバンタム「Sheena」):ギネス世界記録「Longest poultry flight」(1985年5月31日、米ペンシルベニア州Parkesburg。飛行時間は公式には記録されていません)
  • 家禽化で肉(とくに胸)と卵を増やす選抜が進み、体重の増加が飛翔力をさらに下げた:家禽の育種と品種改良に関する一般的な知見

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