鶏論KEIRON

殻の中から、ヒヨコはどうやって出てくる?

卵から生命ができる 第6回

殻にヒビが入り、割れ目からぬれたヒヨコのくちばしと頭が少しのぞいている実写写真。上に手書きの黒い文字で「殻の中から、どうやって出てくる?」と書かれている。

孵化の日、卵の内側から、コツ、コツ、とかすかな音が聞こえます。やがて殻に小さなヒビが入り、割れ目が広がって、ぬれたヒヨコが顔を出します。けれど、殻の中のヒヨコには、手も道具もありません。狭い殻に閉じこめられたまま、どうやって、あの硬い殻を内側から破るのでしょうか。

殻を破るのは、最後の力まかせの一撃ではありませんでした。ヒヨコは、決まった順番で準備を整えてから、孵化のためだけにそなわった道具で、殻を内側から開けていきます。その最初の準備は、意外にも「呼吸」でした。

割れ目が見える前に、もう息をしている

孵化の1〜2日前。ヒヨコは、くちばしの先を、卵の丸いほうへ向けます。そこには、気室(きしつ)——小さな空気の部屋があります。ヒヨコはこの気室の膜を破ってくちばしを差し入れ、たまった空気を、生まれて初めて肺で吸いこみます

それまで、ヒヨコは肺で息をしていませんでした。卵の内側をおおう漿尿膜(しょうにょうまく)という血管の膜が、殻の穴から入る酸素を受けとって、呼吸を代わりにしていたのです。気室の空気を吸い始めても、いきなり普通に呼吸できるわけではありません。最初は数秒に一度、途切れ途切れの、予行練習のような息です。膜の呼吸と肺の呼吸は、丸一日ほど、並んで続きます。

この気室は、もともと卵にあった部屋ではありません。産み落とされた卵が冷えると、中身が少し縮みます。すると、卵の丸いほうで殻の内側の膜がはがれ、そのすきまに空気がたまる——それが気室です。ヒヨコが生まれて初めて吸う空気は、卵が冷えたときにできた、この空気だまりなのです。

卵の縦の断面の説明イラスト。卵の丸いほうに空気の部屋(気室)があり、中のヒヨコがくちばしをそこに差し入れて息を吸っている。手書きの黒い文字で「気室=丸いほうの空気の部屋」「割れ目が見える前に、もう肺で呼吸」。

殻を破る道具は、くちばしの「歯」と、うなじの筋肉

息の準備ができたら、いよいよ殻を割ります。ヒヨコには、そのための道具が二つ、そなわっています。

ひとつは、卵歯(らんし)。くちばしの先にできる、小さくて硬いでっぱりです。「歯」という名前ですが、本物の歯ではありません。ツメや羽と同じ角質(ケラチン)でできた、一時的な突起です。孵卵1週間から10日ごろにくちばしの先に現れ、孵化が近づくと硬く尖ります。ヒヨコは、これを殻に打ちつけて、内側からコツコツと突きます。役目を終えた卵歯は、孵化の数日後には取れて落ちます。

もうひとつが、うなじ(首の後ろ)の筋肉です。ここには、孵化のときだけに使う、特別な筋肉があります。孵化が近づくと、この筋肉はリンパのような液をため、大きく張りつめます。張りつめて硬くなった筋肉は、ヒヨコの頭と首を、しっかり支える土台になります。その支えを使って首を反らし、くちばしの卵歯を、殻の狙った一点に強く押し当てる。硬い殻を破る力は、この張りつめた筋肉が生み出しています。

そして——孵化がすむと、この筋肉は一日ほどで急速にしぼみ、もとの小ささに戻ります。一生のうちたった一度、殻を破るためだけに張りつめる、孵化専用の筋肉です。

殻の中のヒヨコの頭部を拡大した説明イラスト。上くちばしの先に小さな白い突起(卵歯)があり、それが殻の内側に当たっている。うなじ(首の後ろ)の筋肉が液をためて大きく張りつめ、頭と首を支える土台になっている。手書きの黒い文字で「うなじの筋肉が液で張りつめる」「卵歯で殻を押し当てる」。

殻を、ふたのように開ける

卵歯で殻に最初の穴をあけたら、ヒヨコは体をゆっくり回しはじめます。回りながら卵歯で殻を少しずつ突き、丸いほうを一周近く切っていきます。回る向きは、多くは反時計回りと言われます。

切り込みが一周近くつながると、殻の丸い先は、缶のフタのようにゆるみます。ヒヨコは小さな脚で殻を押し、頭で持ち上げてフタを外し、殻の外へ転がり出ます。生まれたばかりのヒヨコは、羊水にぬれてぐったりしていますが、数時間で乾いて、見慣れた姿になります。

卵の丸いほうのまわりを一周近く切って、殻がフタのように外れ、ぬれたヒヨコが出てくるようすの説明イラスト。手書きの黒い文字で「丸いほうを一周切って、フタのように開ける」。

ヒヨコが殻を破るまで

  • 先に呼吸:孵化の1〜2日前、卵の丸いほうの気室に穴をあけ、初めて肺で息を始める
  • 道具その1・卵歯:くちばし先の角質のでっぱり。殻を内側から突く。孵化の数日後に取れて落ちる
  • 道具その2・うなじの筋肉:液で張りつめ、首を反らして卵歯を殻に押し当てる。孵化後、一日ほどでしぼむ
  • フタを外す:体を回しながら丸いほうを一周近く切り、殻をフタのように開けて出てくる

殻の中の出来事は、どうやって分かったのか

ここまで見てきたのは、硬い殻にへだてられて、外からは見えない出来事ばかりです。では、それをどうして知ることができたのでしょうか。近年、その答えのひとつを、日本の研究が見せてくれました。筑波大学などの研究グループは、殻を使わず、透明なプラスチックのフィルムで作った容器の中でヒヨコを育てる方法を開発しました。産みたての時期から、孵化にあたる21日目まで——卵の中で進む3週間を、外から丸ごと見られるようにしたのです。硬い殻に隠されてきた時間が、透明な容器の中で、そのまま観察できるようになりました。

まとめ

殻を破る瞬間は、行き当たりばったりの力仕事ではありませんでした。ヒヨコは先に殻の中で肺の呼吸に切り替え、卵歯と、うなじの張りつめた筋肉という孵化のためだけの道具で、殻を内側から少しずつ切り、卵の丸いほうをフタのように開けて出てきます。


出典情報

  • Dayan, J. & Uni, Z.(2024)BMC Genomics「Gene ontology defines pre-post-hatch energy dynamics in the complexus muscle of broiler chickens」——孵化に使ううなじの筋肉(complexus筋)が、孵卵の後半にリンパのような液とグリコーゲンを含んで急速にふくらみ(重さで、孵卵15日目のおよそ5倍に達する)、孵化してからの一日で大きくしぼむこと。
  • Bock, W. J. & Hikida, R. S.(1969)/Hamburger, V. & Oppenheim, R.(1967)——孵化のときのうなじの筋肉が液を含んでふくらみ、卵歯を殻に打ちつける力を生むこと(Bock & Hikida)。孵化の直前、ヒヨコが頭を右の翼の下に入れ、決まった運動で殻を割っていくこと(Hamburger & Oppenheim、孵化前の運動の古典研究)。
  • Sachslehner, A. P. ほか(2025)Journal of Developmental Biology「The Epithelial Egg Tooth of the Chicken Shares Protein Markers with the Embryonic Subperiderm and Feathers」——ニワトリの卵歯が、本物の歯ではなく、羽やツメと同じ角質(ケラチン)系のタンパク質でできた一時的な突起であること。
  • Tona, K. ほか(2022)Frontiers in Physiology——孵化の直前にヒヨコが卵の中の気室に穴をあけて肺呼吸を始め、そのあとで殻の外へ穴をあけて孵化すること。孵化のタイミングと雛の質の関係。
  • Obara, K. ほか(2024)Scientific Reports(筑波大学)——殻を使わない透明なフィルムの容器で、産みたての胚から孵化にあたる時期まで、ニワトリの発生を丸ごとリアルタイムに観察できるようにしたこと。

本文中の〔孵化の1〜2日前に気室で肺呼吸を始める・卵歯は角質でできた一時的な突起・うなじの筋肉が液でふくらみ孵化後にしぼむ・丸いほうを切ってフタを外す〕は、上記の研究に基づきます。孵卵の日数や卵歯の現れる時期には個体差があり、殻を切る向きは「多くは反時計回り」と言われます。

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