
生まれたばかりのヒヨコは、高い声で「ピヨピヨ」と鳴きます。それが大きくなると、朝いちばんに響く、あの太い「コケコッコー」になる。同じ鳥とは思えないほど、二つの声はまるで別ものです。だから、どこかで声がそっくり入れ替わったように感じます。
でも、声がある日パッと入れ替わるわけではありません。ニワトリの声は、体が育つにつれて少しずつ低くなり、オスはそこへ、「コケコッコー」という新しい鳴き方をあとから身につけます。しかもその覚えはじめには、人の声変わりによく似た、ある時期があります。
手がかりは、鳥が声を出すしくみが、そもそも人とまるで違うところにあります。声はどこで生まれ、成長とともに何が変わるのか。ピヨピヨからコケコッコーまでの移り変わりをたどります。
鳥は、のどではなく胸の奥で鳴く
まず、思い込みをひとつ外すところから。私たちは声を、のど——のどぼとけのあたりにある声帯でつくります。息が声帯をふるわせて、声になる。だから鳥も同じだろう、となんとなく思ってしまいます。
でも、鳥はちがいます。鳥が声を出す器官は、のどではありません。息の通り道(気管)が、胸の奥で左右の肺へと二またに分かれる——ちょうどその分かれ道にある、「鳴管(めいかん)」という器官です。ここのうすい膜を息でふるわせて、音をつくります。人の声帯よりずっと体の奥、心臓の近くにあります。鳥は、のどではなく胸の奥で鳴いているのです。
ニワトリの声を決めているのは、この鳴管です。「ピヨ」も「コケコッコー」も、生まれる場所は同じ。つまり声が変わるということは、この鳴管とそのまわりが、成長とともに変わるということです。

「ピヨピヨ」は、ただの赤ちゃんの声ではない
次に、ヒヨコの「ピヨピヨ」について。かわいいだけの声に聞こえますが、じつはヒヨコは、意味のちがう何種類かの声を、生まれたときから使い分けています。
ひとりぼっちになったり、寒かったり、心細かったりするときは、鋭く速い「ピーピー」。逆に、あたたかくて満ち足りているときは、低くやわらかい声。どちらも、親鳥やきょうだいに自分の居場所を知らせ、はぐれないための声です。生まれたてのヒヨコにとって、声は最初から立派な連絡の手段になっています。
そして、ここから声は少しずつ低くなっていきます。理由は単純で、体が大きくなるからです。鳴管も気管も、体といっしょに育って大きくなる。大きな楽器ほど低い音が出るのと同じで、音を出す器官が大きくなるほど、声は低くなります。人でも、小さな子どもの声は高く、体が育つにつれて低くなる。それと似たことが、ニワトリでも起きています。生後2〜3か月ごろには、あの高い「ピヨピヨ」はうすれ、「クックッ」と低くこもった声に変わっていきます。ここまでは、オスもメスも同じです。
オスだけが、あとから「コケコッコー」を覚える
ここまでは、体が育って声が低くなる話でした。ここからが、いちばんの山場です。
声が低くなっても、それだけでは「コケコッコー」にはなりません。あの雄叫びは、“低くなったふだんの声”とは別の、まったく新しい鳴き方だからです。そして、これを身につけるのはオスだけ。生後4〜5か月ごろ、オスの体の中で男性ホルモン(テストステロン)が増え、その働きで鳴管が発達して、「コケコッコー」という鳴き方が現れます。
これがホルモンの仕業であることには、はっきりした証拠があります。オスを若いうちに去勢すると(こうしたオスを「カポン」と呼びます)、大人になってもほとんど鳴きません。声のもとになるホルモンが出ないからです。「コケコッコー」は、体が大人のオスになった合図として、あとからスイッチが入る鳴き方なのです。
メスがこの声を出さないのも、同じ理由です。大きな声で「ここは自分の縄張りだ」と遠くまで主張するのは、おもにオスの役目。だからメスは「コケコッコー」を身につけず、卵を産んだあとの声など、別の鳴き方を使います。
最初の「コケコッコー」は、かすれて下手
では、オスはある朝、いきなり完成した「コケコッコー」を披露するのでしょうか。じつは、そうではありません。ここが、人の声変わりといちばんよく似たところです。
鳴きはじめのオスの声は、短くて、かすれていて、どこか調子はずれです。「コケコッコー」と鳴こうとしているのに、途中でひっくり返ったり、尻すぼみになったりする。鳴管とそれを動かす筋肉がまだ育ちきっておらず、ホルモンも増えている途中なので、思ったとおりの声が出ません。ニワトリを育てている人たちは、この時期のぎこちない初鳴きを、よく書き残しています。
この下手な声が、何週間かかけて少しずつ整い、やがて朝いちばんに響く、あの堂々とした「コケコッコー」になります。声が裏返りながら大人の声になっていく——人の声変わりの、あの気まずい時期を思い出す人もいるかもしれません。ただし、しくみそのものは人と同じではありません。人はのどの声帯が伸びて声が低くなり、ニワトリは胸の奥の鳴管が育つ。場所もしくみも違うけれど、「体が大人になる途中で、声が一度うまく出せなくなる」という道すじは、どこか似ています。

早見:ピヨピヨからコケコッコーまで
- 生まれてすぐ〜:高い「ピヨピヨ」。心細さや満足を伝える連絡の声(オス・メス共通)
- 生後2〜3か月ごろ:「クックッ」と低い声へ。体が育ち、鳴管も大きくなる(オス・メス共通)
- 生後4〜5か月ごろ(オスのみ):かすれた下手な「コケコッコー」が出はじめる。ホルモンで鳴管が発達=声変わりの途中
- おとなのオス:堂々とした「コケコッコー」。縄張りを主張する、完成した声
- おとなのメス:「コケコッコー」は出さず、産卵後の声など別の鳴き方を使う
まとめ
- 鳥は、のどの声帯ではなく、胸の奥・気管の分かれ道にある「鳴管」で声を出す。「ピヨ」も「コケコッコー」も、生まれる場所は同じ。
- 声が入れ替わるのではなく、体が育つにつれて鳴管が大きくなり、声は少しずつ低くなる(生後2〜3か月ごろ)。ここはオスもメスも同じ。
- 「コケコッコー」は低くなった声ではなく、オスだけがあとから覚える新しい鳴き方。男性ホルモンが引き金で、去勢したオス(カポン)は鳴かない。
- 鳴きはじめの声はかすれて下手で、何週間かかけて整う。しくみは違うが、人の声変わりによく似た途中段階がある。
今度、動画のなかのあどけない「ピヨピヨ」や、朝に響く「コケコッコー」を耳にしたら、その二つの声のあいだに、体が大人になっていく長い道のりがあることを思い出してみてください。声は、ある日入れ替わるのではなく、少しずつ、ときにつまずきながら、大人の声になっていきます。
出典情報
この記事は、特定の一本の論文ではなく、鳥の発声器官の解剖学と、ニワトリの飼育・研究で広く知られている知見をもとにまとめています。
おもに参照した資料
- ニワトリが鳴管(syrinx)と気嚢で声を出すこと、ヒヨコの心細さ・満足を表す声や、オスの鳴き(クロウ)など発達・性別で声が変わること:University of Maryland Extension「Relationships Between Chicken Vocalizations and Health, Behavior, and Welfare(FS-1177)」(資料を読む(英語))
- 鳴管は気管が左右の気管支に分かれる部分にある鳥独自の発声器官で、哺乳類は喉頭の声帯で発声するのに対し、鳥の喉頭は音を出さないこと:鳥類の発声器官(鳴管)に関する一般的な解剖学の知見(鳴管 – Wikipedia/鳴管 – コトバンク ほか)
- 音を出す器官が大きくなるほど声が低くなり、体の成長とともに鳴き声が低くなること:発声の物理と、鳥の成長にともなう鳴き声の周波数低下に関する一般的な知見(上記 University of Maryland Extension ほか)
- オスが「コケコッコー」と鳴きはじめるのは生後4〜5か月ごろで、最初はかすれた下手な声から徐々に整うこと、「コケコッコー」を鳴くのはおもにオスで縄張りを主張する声であること:ニワトリの成長・鳴き声に関する国内の飼育・解説資料(鶏三和「“コケコッコー”はオスのみ〜ニワトリ社会のおはなし〜」/鶏三和「鶏の成長について」/複数の飼育記録)
- オスを若いうちに去勢したもの(カポン)はほとんど鳴かず、鳴きは男性ホルモン(テストステロン)に依存すること/テストステロンが鳴管などの発達をうながすこと:去勢(caponization)とニワトリの二次性徴・行動に関する一般的な知見、およびニワトリでのテストステロンの働きに関する研究の知見
生後の月齢や声の変わる時期には、品種や個体、飼い方によって幅があります。ここで挙げた月齢はおおよその目安です。