
ニワトリの足の指は、きれいに分かれています。いっぽうアヒルの足には、指の間に水かきがついています。どちらも卵の中で作られた足なのに、なぜ、片方だけ指が分かれているのでしょうか。
じつは、指は「生えて」分かれるのではありませんでした。卵の中では、足も、はじめは指のない平らな形で、指と指の間まで肉でつながっています。では、そのつながった足から、どうやって指が分かれ、なぜニワトリには水かきがないのでしょうか。
指は、生えるのではなく、彫り出される
卵を温めはじめて1週間ほど。ヒヨコの足になる部分は、まだ指の形をしていません。丸くて平らな、うちわのような形です。指のもとは、その中に骨のすじとしてうっすら並んでいますが(ニワトリの足なら、前に3本・うしろに1本)、指と指の間は肉で埋まっていて、つながったままです。
ここから指が分かれるのは、間が伸びるからではありません。指と指の間の細胞が、決められたとおりに死ぬからです。体があらかじめ組みこんだこの細胞の死を、アポトーシスと呼びます。間の肉が死んで消えたあとに、指が残る——彫刻家が石を削って形を出すように、指は余分を彫り落として作られます。
これは鳥だけの話ではありません。あなたの手も、同じでした。人の胎児も、はじめは指の間が水かきでつながっていて、妊娠6〜8週ごろ、その間の細胞が死んで、指が分かれます。この細胞の死が一部おきないと、指がくっついたまま生まれることがあります(合指症)。

アヒルの水かきは、“彫らなかった”足
では、アヒルの水かきは何なのでしょうか。答えは、彫らなかった跡です。
アヒルの足でも、指のあいだは、はじめニワトリと同じようにつながっています。ちがうのは、その間の細胞が死なずに残ること。アヒルの水かきの部分では、細胞の死をおさえる物質(グレムリンというタンパク質)がはたらいて、間の肉が残ります。それが、水かきになります。
これを確かめた実験があります。1996年、ゾウ(Zou)とニスワンダーという研究者が、ニワトリの胚で、間の細胞に死をうながす信号(BMPというタンパク質)のはたらきを止めてみました。すると、指の間の細胞が死ななくなり、ニワトリの足にアヒルのような水かきができたのです。ニワトリとアヒルの足を分ける一番の分かれ目は——指の間の細胞が、死ぬか、残るか。そこにありました。

どの指がどの指かは、“濃さ”で決まる
じつは、指の間が彫られるよりも前に、決まっていることがあります。どの指を、どの指にするかです。
手の指は、親指も小指も形がちがいます。どれをどれにするかを決めているのは、たったひとつの信号の”濃さ”でした。指のもとになる板の、小指がわのはしから、ある物質がしみ出します。濃いところは小指がわ、うすいところは親指がわ——細胞は、その濃さのちがい(濃度勾配)から、自分がどの指になるかを知ります。
この物質は、ニワトリの胚の研究で見つかりました。名前はソニック・ヘッジホッグ。見つけた研究者が、セガのゲームのキャラクター「ソニック」にちなんで名づけました。日本でも2022年、東京大学の研究グループが、この”濃さの勾配”を染め出して目に見えるようにし、勾配を乱すと指の本数が増えることを、マウスの実験で示しました。指は、彫り出されるより前に、一本ずつ、どの指になるかが決まっているのです。

ヒヨコの指ができるまで
- 板:足ははじめ、指のない一枚の板(指の間もつながっている)
- 役ぎめ:信号(ソニック・ヘッジホッグ)の濃さで、どの指かが決まる
- 彫り出し:指の間の細胞が死んで(アポトーシス)、指が分かれる
- 水かき:アヒルはこの細胞死をおさえるので、間が残って水かきになる
まとめ
指は、粘土のように伸びて分かれるのではなく、余分を彫り落として作られます。まずどの指になるかが決まり、それから、指の間の細胞が決められたとおりに死ぬ。ニワトリの足に水かきがないのも、あなたの指が分かれているのも、この細胞の死によるものです。そしてアヒルの水かきは、そこだけ彫らずに残した——ただ、それだけのちがいでした。
出典情報
- Zou, H. & Niswander, L.(1996)Science「Requirement for BMP Signaling in Interdigital Apoptosis and Scale Formation」——ニワトリの胚で、指の間の細胞死を起こすBMP信号のはたらきを止めると、間の細胞が死ななくなり、水かきのある足になることを示した。
- Merino, R. ほか(1999)Development「グレムリンによる指間の細胞死の制御」——アヒルの指の間では、BMPをさえぎる「グレムリン」がはたらいて細胞死が止まり、水かきが残ること。指間の細胞死はグレムリンのほか、FGFなど複数の信号でも調節される。
- Riddle, R. D., Johnson, R. L., Laufer, E. & Tabin, C.(1993)Cell「Sonic hedgehog mediates the polarizing activity of the ZPA」——ニワトリの胚で、足指の性質(どの指になるか)を決める後ろ側からの信号が、ソニック・ヘッジホッグというタンパク質であることを示した。名前はゲームのキャラクターにちなむ。
- 東京大学の研究グループ(2022)——ソニック・ヘッジホッグの濃度勾配を染色で目に見えるようにし、この勾配を(遺伝子操作で)乱すと指の本数が増えることを、マウスを用いて示した。
- 発生生物学の教科書(Gilbert『Developmental Biology』/NCBI「Cell Death and the Formation of Digits and Joints」)——指や関節が、間の細胞のアポトーシスによって形づくられること。人の胎児でも妊娠6〜8週に指の間の細胞が死んで指が分かれ、これがうまくいかないと指がつながったまま生まれる(合指症)ことがあること。
本文中の〔指の間の細胞のアポトーシスで指が彫り出される・BMPを止めるとニワトリに水かきができる・アヒルはグレムリンで細胞死をおさえる・ソニック・ヘッジホッグの濃度勾配が指の役割を決める・人でも6〜8週に指が分かれる〕は、上記の研究や資料に基づきます。