
ニワトリの卵は、殻にすっかり閉じこめられています。ふたも、出入り口もありません。外から餌をやることも、空気を送りこむこともできません。それでもその中で、ヒヨコは3週間かけて体を大きくし、やがて自分で殻を破って出てきます。閉じた殻の中で、ヒヨコはどうやって、息をして、食べて、大きくなっているのでしょうか。
卵は、一羽のヒヨコを育てあげるのに必要なものを、すべて内側にそろえた、閉じた仕組みでした。殻は呼吸し、内側には食べものと水がたくわえられています。そして最後には、ヒヨコは思いがけない方法で、骨の材料まで手に入れます。
殻は、呼吸している
かたく閉じて見える殻には、目に見えないほど小さな穴が、たくさんあいています。その数、ニワトリの卵でおよそ1万個(気孔(きこう)と呼びます)。穴の数は卵が大きいほど多く、小さなうずらの卵では数千ほど、ダチョウのような大きな卵では、さらに増えます。
この穴を通って、外の酸素が中へ入り、ヒヨコが出した二酸化炭素と水蒸気が外へ出ていきます。孵化までのあいだに穴を出入りする空気の量は、卵ひとつでおよそ20リットルにもなります。殻は、ただの固い壁ではなく、息をする壁です。
ただし、穴があいているだけでは、ヒヨコは呼吸できません。穴から入った酸素を受け取り、血にとかして体へ運ぶ——その仕組みが、殻のすぐ内側に必要です。

肺のかわりに、殻の内側をおおう膜
その仕組みが、殻の内側にはりつく一枚の膜です。名前を、漿尿膜(しょうにょうまく)といいます。
孵卵5日目ごろ、ヒヨコの体から袋のような膜が広がりはじめ、11日目ごろには、殻の内側をぐるりとおおいつくします。膜の表面には、細かい血管がびっしりと張りめぐらされています。殻の穴から入った酸素はこの血管に取りこまれ、二酸化炭素は血管から穴へと送り出されます。ヒヨコがまだ肺で息ができないあいだ、呼吸をまるごと引き受けているのが、この膜です。ヒヨコが自分の肺を使って息を始めるのは、孵化の直前、19日目ごろになってからです。
膜には、もうひとつ役目があります。閉じた殻の中では、ヒヨコの体から出た老廃物——尿のようなもの——を、外へ捨てられません。そこで膜の一部が袋になって、それをためこみます。息をして、老廃物をためる。漿尿膜は、殻の裏にできる、ヒヨコの仮の臓器です。
食べものも水も、卵の中にそろっている
呼吸ができても、育つには食べものと水がいります。それも、卵の中にすべて用意されています。黄身と白身です。
黄身は、エネルギーのかたまりです。多くが脂(脂質)でできていて、ヒヨコが育つあいだに使うエネルギーの、およそ9割が、この脂からまかなわれます。黄身をつつむ袋の血管が、黄身を少しずつとかして体へ運びます。孵化の直前、まだ残っている黄身は、おなかの中へ引きこまれます。生まれたてのヒヨコが、しばらく餌を食べなくても平気なのは、この残った黄身をおなかにたくわえて出てくるからです。
白身は、ほとんどが水とタンパク質です。役目は三つあります。ひとつめは、水の供給。発生が進むにつれ、白身の水とタンパク質は、ヒヨコをひたす水(羊水)を経て、体に取りこまれていきます。ふたつめは、クッション。とろりとした白身が、揺れや衝撃から中のヒヨコを守ります。三つめは、雑菌よけ。白身にふくまれるリゾチームなどの成分が、入りこもうとする菌の侵入をおさえます。

足りないカルシウムは、どこから来るのか
呼吸も、食べものも、水も、卵の中でまかなえます。残るは、骨です。
体を組みたてる骨には、たくさんのカルシウムがいります。黄身にもカルシウムはありますが、ごくわずか、およそ30ミリグラム。はじめのうちは、これでまかなえます。けれど骨づくりが本格化する育ちの後半には、それだけではとても足りません。
足りない分を、ヒヨコはどこから手に入れるのか。答えは、自分を閉じこめている、殻です。
孵卵11日目ごろ——ちょうど、あの膜が殻の内側をおおいつくすころ——膜は、殻を内側から溶かしはじめます。溶けるのは、殻の内側にならぶ、カルシウムのこぶ(乳頭状のかたまり)です。膜はそこからカルシウムを取り出し、血管にのせて体へ運び、ヒヨコの骨に変えていきます。
その量は、産卵から孵化までに、殻から最大およそ800ミリグラム。黄身の30ミリグラムとは、けたがちがいます。育ちの後半、ヒヨコの骨をつくるカルシウムのおもな出どころは、黄身ではなく、自分を包む殻のほうです。
内側のカルシウムを引き出された殻は、その分だけ、もろくなります。かたく守ってくれていた壁が、最後には骨の材料になる。もろくなった殻をヒヨコが破って外へ出るまで、あと少し——それは、次の回の話です。

殻の中の暮らし、道具立て
- 殻:息をする壁。約1万個の小さな穴で、酸素と二酸化炭素を出し入れする。そして最後は、骨の材料になる
- 漿尿膜:殻の内側をおおう膜。肺のかわりに息をし、殻の内側を溶かしてカルシウムを運び、老廃物をためる
- 黄身:エネルギーのタンク。使うエネルギーの約9割をまかなう。孵化の直前、おなかへ引きこまれる
- 白身:水を供給し、衝撃をやわらげ、菌をおさえる
まとめ
殻はただの入れものではありませんでした。小さな穴で息をする壁であり、ヒヨコの骨をつくるカルシウムの供給源でもあります。産卵から孵化までに、殻からは最大およそ800ミリグラムのカルシウムがヒヨコの骨へ移り、その分だけ殻はもろくなります。外から何ももらえない殻の中で、ヒヨコは呼吸も、食べものも、水も、骨の材料さえも、すべて卵の内側でまかなって生まれてきます。
出典情報
- Halgrain, M. ほか(2021)Poultry Science「Eggshell decalcification and skeletal mineralization during chicken embryonic development」——発生の後半に、ヒヨコが卵殻の内側(乳頭層)を溶かし、そのカルシウムを漿尿膜(しょうにょうまく)を通して取りこんで骨をつくること。溶け出しは孵卵11日目ごろに始まり、産卵から孵化までに殻から最大およそ800ミリグラムのカルシウムが吸収される。卵殻がもつカルシウムの総量はおよそ2グラム、黄身のカルシウムはおよそ30ミリグラム。
- Rahn, H., Paganelli, C. V. & Ar, A.(1987)「Pores and gas exchange of avian eggs: a review」——鳥の卵殻には目に見えない微細な孔(気孔)があり、酸素・二酸化炭素・水蒸気がここを拡散して出入りすること。孔の数は卵が大きいほど多く、80グラムほどのニワトリの卵でおよそ1万個、孵化までに卵ひとつでおよそ20リットルの気体が通過する。
- Gabrielli, M. G. & Accili, D.(2010)Journal of Biomedicine and Biotechnology(オープンアクセス)——漿尿膜が、胚の呼吸(ガス交換)、殻からのカルシウムの運搬、水や電解質の調節など、複数のはたらきを兼ねる胚の一時的な膜であることの総説。
- Wong, E. A. & Uni, Z.(2020)Poultry Science「Centennial Review: The chicken yolk sac is a multifunctional organ」——黄身の脂質がヒヨコの主要なエネルギー源で、卵黄嚢を通して胚に運ばれること。孵化の直前に残った黄身が体内へ引きこまれること。
- Biesek, J.(2023)Poultry Science「発生にともなう卵殻・卵白・羊水・卵黄の物理化学的な変化」——卵白の水とタンパク質が、発生の進行とともに羊水を経て胚に使われること。卵白のリゾチームなどが抗菌のはたらきをもつこと。
本文中の〔殻の孔がおよそ1万個で気体が出入りする・漿尿膜が肺のかわりに呼吸を担いカルシウムを運ぶ・殻から最大およそ800ミリグラムのカルシウムを骨にする・黄身が使うエネルギーの約9割をまかなう〕は、上記の研究に基づきます。数値は卵の大きさや個体によって幅があります。